top of page

【連載】しまねの国保連載第58回 ​つながりと身体活動編「「自助」に頼らない仕組みづくり」

 みなさんこんにちは。雲南市の北湯口です。

 秋は学会が多いシーズンでもあります。先日、名古屋市で開催された第10回日本転倒予防学会学術集会に参加してきました。転倒と聞くと高齢者の健康問題と思うかもしれませんが、子どものロコモ(転んで手を付けず顔面を打つなど)や職域での転倒、新しい機器開発を通じた転倒予防の着想など、転倒にまつわる多世代・多分野にまたがる多様な研究発表が行われていました。

 この夏から秋にかけて、人の動きがさらに活発化し、アウトドア活動中に転倒・滑落事故を起こしたという報道も多く聞かれました。かの有名なお経「般若心経」のなかには、心(考え方)の転倒に触れる節があるそうです。人・自然・社会とのつながりの中で、心と体ともに動かしながら暮らす生き物である以上、人間にとって転倒は、切っても切り離せない普遍的な事象かつテーマだと再認識しました。

 さて、今回は、社会的つながりを生かした身体活動促進の取り組み事例について紹介していきます。

 それではよろしくお願いいたします!


前回までのおさらい


 日常的に人や社会とのつながりが希薄な高齢者ほど、コロナ禍のような急な生活環境の変化で身体活動が低下しやすく、変化が落ち着いた後でもなかなか身体活動は回復しないことが報告(前号参照)されています。一方、独り暮らしでも社会的な交流のある高齢者では、急な変化による身体活動の低下は一時的で、すぐに回復しやすいことがわかりました。このことは、高齢者の身体活動にとって、日頃の社会的つながりがいかに重要であるかをよく表しています。また、本誌でこれまで紹介してきたように、社会的つながりの影響は身体活動だけでなく私たちの健康状態や寿命にまで及ぶこともわかっています。日常の何気ない人と人との関わり合いが私たちの健康を左右することが、これまでの科学的研究やコロナ禍での検証を経てだいぶ明らかになってきました。


コロナ禍でより顕在化した「社会的孤立」


 社会的つながりの大切さを理解し、その豊かさをできるだけ適度に保つことは、身体活動や健康を維持する上でとても重要な意味を持ちます。とはいえ、それを知っていることと実践できることとは別問題であり、実際に社会的つながりを豊かな状態に変化させていくことは決して容易ではありません。その気になれば人との関わりや交流を豊かにできる人もいると思いますが、元来の気質や性分に合わないために望まない方もいます。いわゆる「孤立」した生活が自分に合った心やすい暮らし方なのであれば、なおさら簡単には変えられません。ただ、誰とも会話がなく、近所の付き合いもせず、困っても頼る人がいない孤立状態が長く続いてしまうと、身体活動どころか生きがいを喪失したり生活に不安を感じたりして、生活機能全般の低下に陥りやすくなります※1。

 現代社会は、人口減少・少子高齢化・核家族化などの世帯構造の大きな変化を背景に、地域社会を支える地縁・血縁といった人と人との関係性(社会的つながり)がどんどん希薄に

なっています。その結果、高齢者を中心に、家族や地域社会とほとんど接触がない「社会的

孤立」が深刻な問題となっています。それはコロナ禍によってより顕在化しました。

 私たちの社会的つながりを取り巻く環境は激変しています。このような社会環境だからこそ、どんな暮らし方を望むかに関わらず、社会的つながりが少しでも豊かになるような仕組みづくりを進めることが大変重要になってきています。


「自助」に頼らない仕組みづくり


 昨今、「誰一人取り残さない」を理念とするSDGsの実践が世界的にも叫ばれ、日本でも「支え、支え合う地域」を目指す地域共生社会の重要性がますます高まっています。これを

実現する上では、自助・共助・公助(自分の身を守る・地域で助け合う・公的に救助援助を受ける)の実践を組み合わせた地域社会づくりを基本にしたいところです。ただ、「自助」といっても、人との交流やつきあいが苦手な方に自力の実践を促すのは得策とは思えず、それだけで成り立つはずもありません。そこで重要になるのが「共助」や「公助」を掛け合わせた「自助」の後押しです。よく知られていますが、「共助」とは地域の人たちが協力して助け合うこと、「公助」は市役所・警察・消防などからの公的な支援のことです。どれも特別なことではないですが、これらのどんな掛け合わせが効果的なのかが問題です。ここで一つ、共助と公助を生かした市民と行政との連携・協働による取り組み事例を紹介します。


地域運動指導員による「まめな会話」


 雲南市では長年にわたって、地域運動指導員という住民運動ボランティアを養成しています。この取り組みは市合併前の旧飯石郡吉田村時代(平成9年)にはじまり、確かな介護予防効果※2が得られる取り組みとして合併後から今日まで市の主要な健康づくり・介護予防施策に位置付けられています。地域運動指導員は、自らが住民である立場を生かして、身近な人に限らず体を動かすことの大切さや楽しさを伝えながら運動の実践を後押ししたり、自らも地域のなかで共に運動を実践したりする役割を担っています。地域運動指導員の活動そのものが社会的つながりの一つの形(機能)となって、地域住民の健康を支えています。

 地域運動指導員の具体的な役割の一つに、地域の知人や家族など身近な人に対して、日常の会話のなかで相手の健康を気遣ったり身体活動をはじめ健康的な取り組みを促したりする声掛け活動があります。通称「まめな会話」と言い、「まめですか?」といった気軽な声掛けと、「(こ)まめに」といった配慮の細やかでまめまめしい声掛けの意味とを掛け合わせたものです。実は、このような社会的つながりを生かしたアプローチは、近年、保健・医学分野において注目度が高まっています※3、※4。


原点にして最新の「おたがいさま(共助)」


 新型コロナの感染拡大が続いていた頃の話です。地域運動指導員が担当する運動教室やサロンは、参加者の多くが高齢者だったこともあり、なかなか開催できない時期が続いていました。その間、参加者の多くは外出や人との交流ができず、コロナフレイル(前号参照)の加速が危惧されました。ここで大きな効果を発揮したのが「まめな会話」でした。

 高齢者向けの筋トレ体操教室を担当している地域運動指導員I氏の昨年8月の活動報告書をご覧ください(図)。教室の開催はまったくできていませんが、この間に「まめな会話」で働きかけた人数は延べ200人以上にのぼっています。教室はできずとも、電話や面会に出かけて交流を続けた実際の様子も記されています。

 社会的つながりの象徴とも言える隣近所への声掛けや気遣い、おせっかいなどの働きかけは、古き良き地域文化の一つであり、地域づくりの原点にして最新の取り組みであると感じます。コロナ禍を経た今こそ、「おたがいさま(共助)」の気持ちをより一層大事にしたいものです。


図 コロナ禍でも社会的つながりを保った「まめな会話」例

身体教育医学研究所うんなん「地域運動指導員活動実績報告書(2022年8月)」より抜粋


(参考)

1.内閣府「平成23年版高齢社会白書(概要版);第1章 高齢化の状況(第3節3)」https://www8.cao.go.jp/kourei/whitepaper/w-2011/gaiyou/html/s1-3-3.html

2.Kamioka H, Ohshiro H, Mutoh Y, et al. Effects of long-term comprehensive health education on the elderly in a Japanese village: Unnan

cohort study. Inter J Sports Health Sci. 2008; 6: 60-65.

3.Valente TW. Network interventions. Science. 2012; 337: 49-53.

4.鎌田真光. 身体活動を促進するポピュレーション戦略のエビデンスをいかに作るか? ―ポピュレーション介入研究に関わる理論と枠組み―. 運動疫学研究. 2013; 15: 61-70.

bottom of page