みなさんこんにちは。雲南市の北湯口です。あっという間の年度末。今年もすでに4分の1が終わります。年々、体感時間が短くなってきているのを実感します。毒舌な5歳の女の子に叱られる某番組で、物事に対するトキメキやワクワクがないほど時間を早く感じるようになると専門家が紹介していたのを思い出しました。年齢を重ねて経験を積んできたからそうなるのだと前向きに思いたいところです。ただ、「体力」には身体活動、「知力」には学習や経験がそれぞれ大事であるように、「気力」には物事に対する意欲を持ち続ける気持ちが欠かせません。年齢とともに気力を失わないためにも、時間は忘れても、感動を忘れずに過ごしたいと思った次第です。さて、あっという間に今年度の最終回です。今回は、農業従事者の運動器の痛みのケアの重要性についてお伝えしたいと思います。それではよろしくお願いいたします!
持続可能な農業のために
島根県は、言わずと知れた農業従事者の多い地域です。農業は主には作物を栽培する「耕種農業」と家畜の飼養を行う「畜産農業」とがありますが、それらを合わせた島根県内の総農家数はこの50年間で3分の1に減少しています※1。自給的農家に比べて販売農家の減少が著しく、その変化は人口減少(島根県の人口は50年で約13%減)だけでは説明できません。高齢化(平均年齢70.6歳で全国一)や担い手不足、産出額の減少、収益性の低迷などが生産活動に影響を与え、その維持が難しくなってきているのが現状です※2。農業の維持は、個々の生活や地域経済への影響にとどまらず、環境保全の側面からも重要な意義を持っています。将来にわたる持続可能な農業の確立は、島根だけでなく国土の7割が中山間地域である日本全体の課題と言えます。 その対応の一つとして、農業従事者の多くを占める高齢者の健康、とりわけ農作業(身体活動)の源となる運動器の健康維持は、重要な視点と考えられます。
農業における健康問題
農業で生じる健康問題を見てみましょう。農林水産省がまとめた農作業に伴う死亡事故の統計によれば、令和2年の死亡者数は270人で、高齢者が全体の約9割を占めています※3。事故の理由は、農業機械作業によるものが186人(68. 9%)、農業用施設作業によるものが8人(3. 0%)、機械・施設以外の作業によるものが76人(28. 1%)でした。農業機械作業ではコンバイン等の転倒やそこからの転落、施設作業では地面より高所からの墜落・転落が多くなっています。その原因として、死亡者の多くが高齢者であることから、加齢による身体機能(空間認知能力、バランス機能)や判断力の低下が影響していると考えられます※4。 また、厚生労働省がまとめた業務上の疾病発生状況の統計※5によれば、林業や水産業も含めた数値ではありますが、令和2年の休業4日以上の疾病発生で最も多いのは「負傷に起因する疾病」の127人で、そのうち約6割が「災害性腰痛(主にぎっくり腰)」でした。ただ、この統計は労働災害に限定されるため、農業従事者の多くを占める自営者や自給的農家の情報は含まれないことに注意が必要です。 結局、農作業で生じる疾病の正確な発生数は分からないのが実状ですが、身体的負担を伴う農作業の実際を考えれば、より多くの農業従事者に負傷や故障が発生していることは確実と言えそうです。
職業病とも言える運動器の痛み
経験的に分かる人も多いと思いますが、農作業は重量物の持ち上げや腰の捻転動作を繰り返すことが多く、腰部への負担が大きくなって腰を痛めがちです。痛くても農作業はやめられず、代わってもらえる人もいないため、痛みが回復しないまま慢性化することもしばしば、というケースも多いのではないかと想像します。前述のように、農業従事者全体での運動器の痛みの発生状況は定かではありませんが、その多さを推測できる疫学研究の結果もあります。例えば、地方在住者と都市在住者の腰痛と膝痛の発生状況を比較した疫学研究をみると、地方は都市部に比べて腰痛が2.0倍、膝痛も2.4倍多く生じていました※6。この報告では地方在住者に一次産業従事者が多いことを要因の一つに挙げています。農業従事者の多い地域において運動器の痛みが多く発生している現状がうかがえます。 農作業による運動器の痛みは軽減・予防策を講じるべき職業病と言えますが、その対策は十分には行われていないのが実状です。その原因として、農業従事者が企業のように健康管理される労働者でないことが大きく影響していると考えられます。また、実際に対策をとろうにも、必要な農作業自体を減らすことはもとより、誰かに代わって作業負担を減らすことがなかなか難しいのが現実だと思います。
運動器をケアする安全衛生教育の充実がカギ
とはいえ、農業従事者における運動器の健康維持は、持続可能な農業を確立していくための基本的かつ必須の要件と考えられます。生涯現役を貫かんと農業従事する高齢者も多いですし、今後の若手の参入や障がい者の活躍を進める「農福連携」を推進する上でも、農業 分野での安全衛生教育の充実は喫緊の課題だと言えます。それには効果的な対策を後押しする確かな研究知見が欠かせません。農業従事者における運動器の痛みの軽減・予防が目的の研究成果をまとめたところ、行動変容技法を取り入れながら、農業従事者と一緒になって 農作業環境の調整を図ること(参加型人間工学的アプローチ)や筋力トレーニングを中心とする運動に取り組むことが有効であることがわかりました※7。 できるだけ健康不安を抱えず農業就労できる環境づくりのためにも、確かな研究知見に基づく教育プログラムの開発をはじめ、それを社会実装(普及啓発)していく仕組みや体制づくりも急務です。こうした取り組みの一つ一つが、将来の農業分野における労働力不足の 回避、ひいては持続可能な農業の実現に寄与できるものと信じて、当地域での普及啓発にも力を入れたいと思っています。
おわりに
今年度は、働き盛り世代の身体活動にまつわる健康問題やその具体的な対処法についてお伝えしてきました。「働く」には、「仕事」「労働」のほかに「動く」「体を動かす」の意味も含まれます。つまり「働き盛り」とは、「体の動かし盛り」でもあります。仕事で働く人も、育児や家事で働く人も、あなたらしい身体活動のコツをしっかりと掴んで、自分の健康が二の次になりがちな働き盛り世代を元気に過ごしましょう。 (働き盛り世代の身体活動編:終わり)
(参考)
1.島根県政策企画局統計調査課(県公式HP).2020年農林業センサス結果報告書(確定値) 農林業経営体調査令和2年2月1日調査.https://pref.shimane-toukei.jp/upload/user/00022288-FFWqHb.pdf 2.島根県農林水産部農林水産総務課(県公式HP).農業の振興〈農林水産基本計画(令和2年度~令和6年度)〉:農業の現状と課題. https://www.pref.shimane.lg.jp/industry/norin/info/kihonkeikaku/nogyonoshinko.html 3.農林水産省.令和2年の農作業死亡事故について.https://www.maff.go.jp/j/press/nousan/sizai/220215.html 4.上岡洋晴, 町田怜子.日本の農業従事者における慢性的な運動器疾患に関する情報:総説.日本健康開発雑誌.2021
5.厚生労働省.業務上疾病発生状況等調査(令和2年).https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_19933.html 6.Yoshimura N et al., Prevalence of knee pain, lumbar pain and its coexistence in Japanese men and women:The Longitudinal Cohorts of Motor System Organ (LOCOMO) study. J Bone Miner Metab 32(5):524-32.2014. 7.Kamioka H, Kitayuguchi J(4th) et al., Effect of non-surgical interventions on pain relief and symptom improvement in farmers with diseases of the musculoskeletal system or connective tissue: an exploratory systematic review based on randomized controlled trials. J Rural Med 17(1):1-13.2022.
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